2010年8月アーカイブ




すると、ふしぎなことには、いつとはなしに、小さい五色の玉ができあがって
きて、これが、六助の頭上に高く舞いはじめました。六助は、
「きっと神さまがおいでになったのだ」
と思い、いっしょうけんめい、
「まことに、神さま、ありがとうございます。しかし、私はどうなってもかまいません
から、助かるものなら、どうぞ、せがれをお助けください。どうぞ、せがれを・・・」
とさけびますと、玉はフワリフワリと飛んで、やせおとろえている一人息子の上に
きました。そして、花の穴から呼吸とともに溶け込んで、はいってしまいました。

つぎの日も、おなじ五色の玉が飛んできて、しらぬまに、こんどは病人の吸う
スープの中にとけこんで、ノドから腹の中へはいっていきました。

こんなことが、たびたびかさなって、ついには、医者からもサジをなげられていた
大病人は、だんだん元気づいて、日ならずして、まったくもとの身体になりました。



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こうして、八兵衛も六助も、この村での生神さまのようにみんなからいわれて、
たがいになかよく神さまを第一にお祭りし、村人をいたわって、さかえてゆきました。

めでたし  めでたし。



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さあ家中は大騒動で、今までホコリだらけにしていた神床を急に清めてお燈明を
あげるやら、他人にはピタ一文出すのもいやなくせに、十里も二十里もあるところ
から自動車で院長さんをお迎えするやら、あらゆるてだてをつくしましたが、
それらもなんのききめもなく、病気はだんだんおもくなって、ついには骨と
皮ばかりになってしまいました。

こうなると、さすがの六助も、ごはんもろくくろく食えないほどしょげて、いままでの
自分の心得のわるかったことをシミジミと悔い、神さまにたいしても、心の底から
おわびをし、村の人にも、心の底から好意をもって、なにくれとなく世話を
しはじめました。そして、もうけただけのお金は、惜しげもなく村のために
まきちらしました。

さあ、こんどは、村の人たちも、しだいに悪口をいわなくなったばかりでなく、
ひとりが、
「なんと、六助どんも、ちかごろはかわったもんだね」
といえば、もひとりが、
「人間もあれだけかわればかわるものか」
と感心するようになりました。



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これはさておき、欲深の六助どんは、最初のあいだは金があるにまかせて、なにごとも
調子よくいっていましたが、れいの「ああ、いやだ」「ひとをバカにしている」という口ぐせと、
村人の悪口とがしだいに凝って、いつのまにやら、ひとつの灰色の玉ができあがりました。

この玉が、ある晩、どこからともなく飛んできて、六助さんの寝床の上の天井のあたりを
ブラついていました。そして、スキがあったら、六助さんの寝床の中へもぐりこもう
もぐりこもうとしているのでした。六助さんはビックリして、
「やい、バケモノ、おれの身体へ近寄ってみろ。こなみじんに打ちくだいてやるぞ」
と、口では大きなことをぃっていましたが、腹の中はビクビクで夜もろくに眠ることが
できませんでした。



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あるとき、玉がいいました。
「でも六助さん、私は、どうしたものか、あなたが好きでたまらないのです。
それだのに、あなたが私をおきらいになるのでしたら、いたしかたありません。
私は息子さんと仲よしになります」

その日から、今までひとなみはずれて丈夫であった六助さんの一人息子は、
急にねついてしまって、ウンウンとうなりはじめました。





はなしかわって、ある晩のこと、八兵衛さんのところへ、一人の美しいお姫さまが
たずねてきました。そして、もうしました。

姫「お爺さん、こんばんは。今日から、わたくしがあなたのご看護をいたします」

八兵衛さんは、不審そうな顔つきで、
八「はていっこう見なれぬ方じゃが、いったい、あなたはどなたでしたね」
姫「わたくしの名は、"コレハアリガタイ、 アア、ウレシイ" ともうします」
八「まるでわしの口ぐせのような名前だね」
姫「それはそのはずです。あなたがわたくしをつくったんですもの」
八「わしは、おまえさんみたいな人を生んだおぼえはないがね」
姫「いいえ、いいえ。わたくしはあなたの子にちがいありません。あなたの
口ぐせの"これはありがたい、ああ、うれしい"という言葉が凝りかたまって
できたわたくしなんですから」

こういって、いきなり座敷へあがりこんできて、おひめさまはいろいろと世話を
しはじめました。

お姫さまが背をなでてくださるたびに、急に熱もひき、食事もすすんで、
二、三日のうちに、全快してしまいました。



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すると、ふしぎや、お姫さまは、急に真っ赤な玉とかわって、ポイと八兵衛さんの口の中へ
飛び込んで、アッというまにグ、グゥーとノドを通って、腹の中へおさまってしまいました。
それから八兵衛さんは、みるみる若くなって、三十前後の男ざかりの姿となって、村の人を
おどろかせました。



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あるとき、八兵衛さんは、あまりはたらきすぎて、病気にかかりました。
村の人たちは、気のどくがって、つぎつぎにおみまいにまいりました。

村人「八兵衛どん、ちと、おかげんがわるいそうじゃのう。ちっとはよいほうかえ」
とたずねると、八兵衛は平気なもので、
「これは、ありがたい。ようたずねてきてくださった。ちと無理をしたもんだから、
くたびれがきたのだろう。しかし、今日は、おまえがたずねてきてくれたので、
もうなおるわい。ああ、うれしい」

こういうふうでしたから、村の人たちも、
「八兵衛さんは、いつ会っても気持ちのよい人じゃなあ」
と Aがいえば、Bは、「じっさい、あんなよい人は、めったにありゃしないな。
こんどの病気も、はやくなおるとよいがな」 Cも Dも、Eもくちをそろえて
「ほんに、そうじゃ。はやくよくなるようにみんなで、ここでお祈りをしよう」
と、よるとさわると、八兵衛さんのうわさばかりしていました。



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ある村に、二人のかわり者のお爺さんがありました。

一人は八兵衛というて、まずしいその日ぐらしのお百姓さんであり、
いま一人は六助というて、お金持ちの隠居でした。

八兵衛さんは、わかいときから、どんなことにたいしても、「これはありがたい」
「ああ、うれしい」というくせがあり、六助さんは、その反対にちょっとしたことにも、
「ああ、いやだ」「ひとをバカにしている」という口ぐせがありました。




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イノシシとブタとが、あるところで出あいました。

イノシシ「おい、ブタ公、きさまは身体のつくりはおれとそっくりじゃが、おとなしいばかりで、
いっこう意気地のねえやろうじゃねえか」

ブタ「うん、まったくそうだ。おれももっと強くなりたいとおもうのだが、どうも強くなれぬ」

イノシシ「なれぬことがあるものか。おまえたちもおれといっしょに山に来て、すこし浩然の
気をやしないたまえ。だいたいおまえの生活はなんだい。のそりのそりと小さい小屋の中で、
イヌのくそまで食っていて、よいかげんに肥えたかとおもうと、コロリッところされてしまって、
人の口にいれられるとは、いったい、あんまりなさけなさすぎるのではないか」

ブタ「それでは、おれも発憤したから、よろしくたのむよ。ついては、おれが逃げてしまっては、
かずがたらぬというので、主人が不審がるから、おれが山へ行って修業してくるあいだ、
しばらく、おまえ、かわりにオリの中へはいっていてくれ」

そこで、はなしがまとまって、イノシシはオリの中へはいり、ブタは山へと遁走しました。

さて、数年たって、山へ行って修業したブタは、もうりっぱな一人前のイノシシ武者となって、
はるばるとこいしき人里へと帰ってきました。そして、オリのところへ行って、

「おい、兄弟、長いあいだ、きゅうくつなめをさしたね。おかげで、やっと一人前になって、
いま帰ったよ」とのぞきこみました。

こちらはイノシシ、ながいこと、せまいオリの中に飼われ、おとなしい連中ばかりといっしょに
いたため、とうとうほんもののブタになってしまっているのでした。

そこで、「おや、いまお帰りか。ところで、なんと、おまえさんの顔は、おそろしくすごくなったね。
それにまぁ、りっぱな牙まではえて」

「あっ、おまえの牙はどうした」

「こうしてここにいるあいだに、しらぬまになくなったんだよ。わしは、もう、山にうつるのは
いやになった。わしは、おまえさんのようにおそろしい姿は、見るのもいやだ」

「なんと、弱虫め。そんな意気地のねえことでどうする。さあ、約束どおり、
おまえとおれといれかわろう。おれはこのオリの中へはいって、みんなのやつを、
りっぱなイノシシにしこんでやるんだ」

そこで、二匹は、いれかわりになりましたが、そのご、しばらくたってから、いきおい
こんで帰ってきたイノシシは、またもとのブタとなり、こわごわ山へ帰ったブタは、
もとのイノシシになってしまいました。

なんでも、ちょとん〔猪豚〕のことでかわるものです。





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かつらぎ ぼたえもん ・・・。

筆者である  「かつらぎ ぼたえもん」 とは、大本三代教主補・出口日出麿先生のことです。
明治30年12月28日、岡山県倉敷市で誕生・・・。 平成3年12月、綾部でご昇天になりました。

高等学校時代から、京都大学在学中にかけて、大学ノート20数冊に記した文章は、その後
「信仰覚書〔全8巻〕」 として、(株)天声社から発表され、また、「生きがいの探求」「生きがいの創造」
「生きがいの確信」の三冊は、講談社から「生きがいシリーズ」として発表されるなど、多大の感動と
反響を巻き起こしました。

「ぼたえもん童話集」は、若き日の著者が、同じく大学ノートに書き残していたもので
その数は、約30編にのぼります。

今日では、 (株)天声社にて、 6冊 〔11編収録〕が、画・でぐちみつぎ 氏で発売されています。

出口 瑞〔でぐち・みつぎ〕氏は、昭和33年2月11日生まれ。京都府立亀岡高校卒業。
嵯峨美術短期大学日本画グループ卒。同大学専攻科、総合美術研究所修了。
京展、京都日本画美術展等入選。札幌・京都等にて個展、グループ展、二人展、開催多数。
著者 かつらぎ ぼたえもん〔出口日出麿氏〕の孫にあたります。




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引き続き、『ぼたえもん童話集』から、 「猪と豚」 「八兵衛と六助」の二編をご紹介致します。
















〔地歌〕鞄の中から取りだした、金金光る金印、右手に構えた大鋏、
チャキ チャキ チャキといわせれぱ  決心したる権作も、二、三歩後へ
タジタジタジ。

爺=権作を追うように近寄って=「さあ、眼をあけないか」

=権作ちょっとあけて、おそろしさにまたつぐむ。爺さん笑いながら何か
口の中で呪文をとなえて、左手に持っている眼を権作の左右両眼の上に
かわるがわる押しつける。この時、大鋏は眼の上でチャキ チャキいわすだけ。
と、たちまちすでに眼の玉は取りかえられている=

権=キョロ キョロ あたりを見まわして=「あっ、見える 見える、すてきに見える。
何もかも黄金色じゃ・・・妙  妙、 これは妙・・・」と喜びまわる。

太郎松、次郎助、お千代もこのさまを見て、われさきにとあらそって、

次「お爺さん、うらには、"美人印"を入れてくだされ」

千「うらは左に"お金印"、 右に"美人印"」とつめ寄る。

爺「待て待て、順番だ  順番だ」

=と制しつつ、まえと同じようにして手術をしてやる。手術が終わるや、
各自それぞれに=

次「これは奇妙、山も川もなんという美しさだ。あっ、お千代のカボチャづらが
観音さまのように見えだした。 ーーどこもかしこもまるで夢のような美しさだ」

千「オホホホ、アハハハハ、まアなんでこんなにうれしいのだろう。アハハハハ、
ああうれしや、おもしろや」

太=片手で右の眼をふさぎ、左の眼だけをあけて見まわしながら =「馬の
クソまでが黄金の塊に見えるわい。そこらの小石はみな金貨や銀貨ばかりじゃ。
ーーおっと、こちらはこうすれば」=で、こんどは右の眼をひらいて=「お千代坊の
あばたづらまでが、弁天さまに見えるわい」

=と、お千代を見あげる。お千代、わざとらしく口をとがらす=

四人「おっと、がってん」

=と歌に合わせて身ぶりよろしく四人は踊りはじめる。

爺さんは手をうって拍子をとる=その歌

めでたや  めでたや  めでたやな   「美人印」で見るなれば
かぼちゃのおかかが観世音   梅干し婆アが弁財天
めでたや  めでたや  めでたやな   「笑い印」で見るなれば
雷さんは高笑い  閻魔も地蔵に見えてくる

めでたや  めでたや  めでたやな   「お金印」で見るなれば
馬のクソでも金の山   木の葉、草の葉、札の束

〔四人合唱、調子かわる〕

森の神さん ありがとう    森の爺さん ありがとう
鞄いっぱい眼を持って   明日も忘れずやって来な

=かくて四人は下手に、爺さんは上手にそれぞれ退場

                          ・・・幕・・・=



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爺「おいおい売り物にさわるなよ。これはそもそも生きた眼じゃぞ。
こんどこのたび森の神さまからご命令で、お前たちの眼と、この新しい
眼と取りかえてやるために、わしがはるばるここへやって来たのだ」

次「えっ、何だって?  眼を入れかえる?」

爺「そうだ」

権「バカバカしい、そんなことがーー」

太「できよう道理がない」

千「お爺さん、いくら神さまのご命令じゃて、親ゆずりの眼と、一銭五厘の
眼とをかえてもらう者はあるまいよ」

爺「しかし、これはおまえたちのために大変幸福になることなのだ。
おまえたちの半腐れのヤニだらけの眼ン玉と、この水晶の眼ン玉と
取りかえてみい。まるで世の中がかわったように見えるぜ。それに
この眼ン玉は、おまえたちのおのぞみどおりに、たとえばお金がほしい
と思うものは、"お金印の眼ン玉"を買いさえすれば、世界中のものが
みんなお金になるし、べっぴんがほしいと思うものは、"美人印"を買うて
はめれば、どんなすべたのかかあでも天下第一の美人に見えてくるし、
そのほか不幸つづきのものは"笑い印"と取りかえれば、おかしくておかしくて、
しょうがなくなるし、もしも、あんまり笑い上戸で腹が立ったことのない人間が
あるならば、"泣き印"をもとめさえすれば、なにを見ても泣いているように
見えてくる、という、しごく重宝便利な眼ン玉なんだ。
それに、わしは、おまえたちも知っているとおりの魔法でもって、ちっとも
痛くないようにその眼とこの眼とを取りかえてやるのじゃ」

権「そんなら、お爺さん、さっそくながら、わしに"お金印"を売ってくんなされ。
一番上等の"お金印"だよ。そして今ここで手術をしてくだされ」

太=小声で= 「あのお爺さんは魔法使いで、今まで1度もウソを言ったことは
ないからね」

次、千「きっと、ほんとだろう」



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                                         歌劇  =  一幕一場


                            ーー近くに山を望む 村はずれーー

〔地歌〕 むかしむかし 大昔、あの山越えてまだ向こう、も一つ向こうのまだ奥に、
ひとりの爺さん住んでいた。

白い衣を身にまとい、

=この時、爺さん舞台の上手より出てくる=  はだしで杖をば突きながら、
片手にさげた大鞄、爺さん村へやって来た。

野良から帰りの権作は、

=百姓権作出てくる= さてもふしぎなお爺さん、おまえはどこからやって来た。
してまたどこへ行くのです。

権作「お爺さん、えらいハイカラな鞄をさげてますね。いったい、その中には
何が入っているのです」

爺「わしは森からやって来たのだ。お金をもうけに来たのだ。眼玉を売りに
やって来たのだ。一つ買うてはくれまいかのう」

権作「なになに、眼玉をーー売りに来た?」

〔地歌〕権作眼玉をまるうして、両手を組んで見つめてる。爺さん平気で
鞄から、つまみ出したる大眼玉。

爺「なんとすてきな眼玉じゃろ。こいつが対で=と、二つ取り出し=
一銭五厘、もうそれいじょうは負けられないよ」

=この時すでに通りがかりの百姓太郎松、次郎助、お千代の三人、
両人のそばへ立ち寄っている=

太郎松=のぞきこんでだしぬけに=「それは安い、郵便はがきと
おんなじじゃ」

次郎助「ところで、お爺さん、いったい、この眼はなにになります?」

千代「なんぞの妙薬にでもなりますか?」

権「こりゃ吸い物にしたらよかんべい」

=といいながら、鞄の中から一つつまみあげる=



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さて、秋になって、ずるい丙がいちばん先に、ひとにぎりのお米を持って、
神さまの前に行きました。
「神さま、やっと、これだけのお米をつくることができましてございます」

神さまは見向きもなさらないで、だまっておられました。が、しばらくして、
「おまえはわしをだますつもりか、バカ!!」と、軽くしかりつけられました。
丙は、心のなかで、〈しまった〉と思いながら、すごすごと帰って行きました。

そのつぎに、神さまの前へお米を持って来たのは、乙でした。
神さまはジッと乙のさし出したお米を見ておられましたが、やがて、
「ウム、なかなかよくできている。が、しかし、これは、おそらく、おまえ
一人の力でつくったのではあるまいな」とおおせられました。
乙は正直に、つくりかたはみなお父さんから教わったこと、ときどき手つだって
もらったことなどを、つつまずお答えしました。

そこへ、甲が息せき切ってやって来ました。
神さまは、甲の手からお米を受け取っていわれるには、
「これは、はなはだできがわるいな。しかし、どの米つぶにもお前の
においがしみこんでいる。自分のわからぬことは、まず目上の人に
たずねるのはよいことだ。が、それとどうじに、他人にたよりすぎないように、
自分の仕事には、自分のたましいをブチこまねばならぬ。お前たち二人は、
二人ともよい子だ」
とおっしゃって、二人におなじようなごほうびをくださいました。



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あるとき、神さまが、三人の子どもに一つぶずつの籾種をお与えになりました。
そして、おっしゃるには、
「お前たち三人のうち、誰がいちばん早くこの籾種から稲をつくって、よいお米を
つくることができるか、競争してみるがよい。勝った者に、よいごほうびをあげるから」
これを聞いた三人の少年は、早くこれをまいて、よい稲をつくりたいものだと、
そのことについて、いろいろ考えはじめました。

さて、甲の少年は、ひじょうにかち気な、せっかちの子でしたから、うちへ帰ると、
すぐに苗代をつくって、その一つぶの籾をまきました。

乙は考え深い性質でしたから、いちおう目上の人に聞くにかぎると思ったので、
お父さんに、どうしたら一番よく稲をつくることができるか聞きました。
おとうさんは、苗代のつくりかたから、まく時期から、いろいろ教えてくれましたので、
ばんじ、そのとおりにしました。

丙は、生まれつき こうかつなほうだったので、自分では、その籾をまかずに、
秋になって稲がみのる時分に、こっそり、どこかの、よさそうな田の籾をしっけい
して持って行こうと腹をきめていました。



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一同「まるで、おまえさんは、神さまだね。われわれの運命をちゃんと知ってござるなんて」
小僧「おまえたちの運命は手にとるごとくわかっているわがはいにも、わがはい自身の
運命は、いっこうわからんので、よわっているのさ」
一同「なんと、上には上のあるもんですな」
小僧「もう、夜もふけたから、みんな、おやすみ。おまえたちも、それぞれによい畑に
まかれて、力いっぱい努力して、よい花を咲かし、よい実をこさえておくれ。わがはいも
これからいっしょうけんめいはたらいて、よい人間になるから・・・。では、おやすみ」
とあいさつして、小僧どのはそのままふとんの中へもぐりこんでしまいました。

一同は、はじめて自分たちの前途をきかされて、なんだか気がたって眠られぬ
ままに、また、小声でヒソヒソはなしだしました。

スイカ「なんと、皆のもの、聞いたか。今はこうおちぶれていても、先になったら、
おれがいちばんえらいんだそうだで。エヘン」
ナス「おい、先は先、今は今だ。そういばってもらうまいかい。おれだって、聞く
ところによれば、紫色の着物に紫頭巾でぼってりしたおなかをつき出して、
いい仙人になれるんだそうだからな、エヘン」
キュウリ「まぁ、おたがいに今からいばることはよそう。それよりは、いったい
われわれは実になってからどうなるんだろう」
スイカ「それは知れたことさ。人間さまに食われるんさ」
キュウリ「食われちゃ、痛いだろうね」
スイカ「そいつあいっぺん食われてみなくちゃ、ちょっとわからん。が、
とにかくだね、ようするにさ、すなわちその・・・人間に食われて、われわれが
人間になるんさね」
ナス「なるほど」
スイカ「ちぎる秋茄子か」
ナス「これちゃかすない」
キュウリ「してみるとだね。しまいのはては、われわれは人間になるんだね」
スイカ「まあ、いわば、そんなもんさ。しかし半分は糞というもんになって出るそうだ」
ナス「ああ、ここらではなしが落ちだよ」
一同「ウハハハハハハハ」





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あるところに、いろいろの植物の種子物を売っている店があった。
しきりのした箱の中に、ウリやナスやスイカやキュウリやアサガオや、そのほか大小
種々雑多の種子が、それぞれ、はいっていた。

お正月のある晩に、その店の小僧が、どこかでお酒をよばれたとみえて、真っ赤な顔を
して帰ってきた。スイカの種子がそれを見て、
「もしもし小僧さん、人間というものはけっこうなものですね。こうしてお正月がくれば、
いっちょうらの着物をきて、あちこちでお酒を飲んで浮かれまわって、おめでたいの
おめでたくないのと、デタラメの百万だらをいってうれしがっているなんて、ほんとに
おうらやましいことですね」
ナスがそれにつづいていった。
「こちとらのように、年が年じゅうこんな牢屋の中に、火の気ひとつなしにまま一ぜん
くわしてもらわずに、おまけに下積みの連中は、少しの日の目もおがまずに、だまって
おとなしくくらさねばならぬなんて、じっさい因果なことではありませんか」
「そうだとも、そうだとも。いったい神さまはなんの目的があってわれわれを
おつくりになったんだろう」
いつも、観念の細い目をしているキュウリも、このときばかりは、いかにも残念そうに、
こうあいづちをうった。

小僧は、ひととおりかれらのぐちを聞いたあと、酒くさいいきをふきかけながら、
口をひらいた。
「なんだい、お正月そうそうから泣きごとをならべやがって、けったいのわるい。
おまえたちも、なにもそう悲観ばかりすることはないよ。買手さえつけば、
それぞれにつれてかえってもらって、広い畑にまかれる身分になるんだよ」
スイカ「へぇ、まかれて、いったい、どうなるんです」
ナス「雨ざらしにあって、くさってしまうんではないでしょうか」
小僧「ばかっ、ただくさらすためにわざわざおまえたちを神さまがおつくりに
なるかい。長いあいだ、こんな箱の中に入れて、われわれだって番をするかい。
また、お百姓だって、わざわざでかけるかい。またお金を出して買って帰るかい。
まかれたら、それこそ、おまえたちのお正月で、お芽出たいのさ」
キュウリ「なんですって」
小僧「芽を出すのさ」
スイカ「芽をどうやって出すのですか」
小僧「その時になったら、しぜんにわかるよ」
ナス「そして、芽を出して、どうなるんです」
小僧「ええ、めんどくさい。芽が出たら、つぎに葉が出るんさ」
キュウリ「それから・・・」
小僧「よう根ほり葉ほりたずねるやろうどもじゃな。おまえたちは、
自分自身のことがちっともわからぬのかい」
スイカ「さきのことは、かいもく、わかりません。して、小僧さんは、ようまぁ、
私どものゆきさきがおわかりですね」
小僧「ハハハハハ、わからんでかい。キュウリはいつまいて、いつはえて、
いつ花が咲き、実がなり、いつ枯れる。ナスはいついつ、スイカはいついつと、
ちゃんとわからいでは、種子物屋の小僧はつとまらんわい」
小僧は、とくいになって、一同のものに、おまえはこうなる、ああなると、
いちいち教えてやりました。そして、とくに、自分の好きなスイカを
ほめちぎりました。



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さて虎猫先生は、いよいよほんものの虎になりすまして、
今はたくさんの虎たちと平気で交際をつづけておりました。

ところが、ある年のこと、山が飢饉で、なにひとつ食べる
ものがなくなってしまったので、よんどころなく、虎たちは
三匹、五匹と隊を組んで、里へ出て来て、手あたりしだい、
家畜から人間までも食いはじめました。

れいの虎猫先生も、ほかの虎たちとともに村へおりて
来て、食物を探していた時、ちょっとしたことから、ここに
たいへんな事がおこってまいりました。

それは、ある人家へ押し入って、さかんに鶏をパクついて
いた時、どこから出て来たのか、一匹の小鼠が「チュウ
チュウ チュウ」となきながら、虎たちの前を駆けぬけよう
としました。

これを見た虎猫は、急にふだんのつつしみを忘れてしまって、
「ニャオン」と一声叫んで、その鼠をくわえました。

「おのれ、のらネコめ、おれたちをよくも今までだましやがったな」
といいながら、ほんものの虎は、グシャッとひとかぶりに、虎猫
を嚙みころしてしまいましたとさ。




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そこで、さっそく、今まで子どものように大事に育てられた
恩も忘れて、その夜ひそかにご主人の家を抜け出て、山の
奥深くはいって行きました。
するとそのあたりに一面藪がしげっていたので、
「なんでも、虎は千里の藪をくぐるということもあるから、
ちょうどもってこいの場所であるわい」と思いながら、
その藪の中へわけいりました。

藪の中へはいったネコどのは、
「なんでも、おおいにここで修業」と、まい日、朝から晩まで、
小虫をくわえてふり飛ばしたり、のら蛇を見つけては
おどりかかったり、木や草の株を掘り起こして爪をみがいたり
など、いろいろと業をつんでいきました。
そのおかげで、日数がたつにつれて、身体もグングン肥えて
ゆくし、牙もだんだんのびてくるし、顎の虎ひげも銀の針かと
うたがわれるほどになってまいりました。

こうしてすっかり虎になりきった気持ちで、ある日、彼は、
「どうかしてほんものの虎と交際がしたいものだ」
と思いながら、ズンズン藪の奥へ奥へと進んで行きました。
すると、ありがたいことに、ちょうど、むこうから散歩に
やって来た一匹の子虎と出あいました。 ネコはわざと
えらそうなふうをして、虎に近づきました。
「ヤァ、こんにちは」
子虎はていねいに頭をさげて、まずあいさつしました。ネコは、
ちょっと首をさげただけで、
「やぁ、散歩ですかい」
と気がるにもうしました。子虎は無邪気そうな声で、
「あの、おとっちゃんが、このごろはひとりでさびしいですから、
おじさん、遊びにいらっしゃいな」てもうしました。

それから、ふたりはつれだって、たくさんの虎のすみかへと
進んで行きました。ネコはわざわざ子虎と肩を 並べてみて、
自分のほうが少し背が低いのを気にしながら、
「なんて虎というものは、あんがいつまらんものじゃな。
おれももう二、三ヵ月すれば、この虎ぐらいは眼中にない
ようになるにちがいない」と、しいてなぐさめておりました。



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さて、主人と虎猫とが、れいのけわしい山道へさしかかった
時のことでした。
近所のくさむらの中から、急にザワザワという音がして、
なにか黒い大きな獣がおどり出ました。主人は、一時は
ヒヤッとしましたが、
「なにっ、虎猫さえそばにいれば、何が出て来たって
大丈夫だ」と思いながら、じっと立ち止まりました。

皆さん、この時の虎猫の驚きというものは、それはそれは、
ひじょうなものでありました。
「ああ、とうとうおれの運もここでつきたか」
と、もはや観念の眼をとじて、虎猫はいっしょうけんめい
ご主人の着物のすそのかげへかくれて、小さくなって
おりました。
ところが、不思議なことには、虎猫の運がまだつきなかった
のか、それとも、この主人が、日ごろから神信心な人で
あったがためか、くさむらからおどり出た大きな獣は、すぐ前に、
平気な人間とちぢみあがっているネコがいるということに気も
つかないで、ガサガサと道を横ぎって、むこうの谷間のほうへ
とおりて行ってしまいました。

「虎猫よ、おまえは強いものじゃ、おまえのひとにらみで、
あれ、あのとおり、狼めも逃げおったわい」
主人はうれしさのあまり、ネコを抱きあげました。虎猫先生は
目ん玉をパチクリさせながら、
「ニャオン、ニャオン」となきました。

皆さん、ネコというものは、ご承知のとおりイヌにくらべたら、
よつぽどのバカで、そしてずうずうしいやつであります。
この虎猫も、あぶないところを神さまのおかげで命びろい
をしたということを忘れて、ご主人があまりほめそやす
ものだから、よい気になって、
「いや、まて、今、狼のやつが逃げたのは、やっぱりわがはい
さまのひとにらみに、おそれをなしたのにちがいあるまい。
してみると、おれも世間の人がいうように、ほんとに虎猫と
いわれるねうちがあるわい。
まてまて、ヒョッとしたら、おれは虎の生まれかわりかもしれないぞ。
そうだとすると、おれも人家に飼われて、お手伝いがごときものの
命令を守って、うまい焼き魚のにおいがしても、じっとしんぼうして
小さくなっているなんて、じっさい考えてみると、いくじのねえ話だな。
よしっ、おれも今日から大奮発して、もうネコは廃業して、ひとつ、
ほんものの虎になってやろう」
虎猫先生は、ついにこう決心いたしました。



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あるところに、一匹のネコがおりました。たいへんに身体の毛の
ぐあいが虎ににて、それに身体もひとなみすぐれて大きかった
ので、近所の者はみな「虎猫」「虎猫」と呼んでおりました。

その家の主人も、このネコのいかにもたけだけしく、牙をならし、
尾をふりたてて、とおりかかりのイヌ ーー時には牛や馬などに
さえーー飛びかかって行くのを見て、
「これは、まあ、たいへんなネコだ。近所の人々が虎猫虎猫と
呼ぶのもむりはない。イヌや牛馬にまで噛みかかってゆく
というのは、ほんとにおそろしい強いネコだ」と感心していました。

このブチネコを、生まれおちた時から育てあげたこの家のおかみ
さんは、ますます鼻を高くして、
「どうでしょう。世界中さがしたって、こいつほど強いネコは、
おそらくありますまい。それで、よく主人のいうことをきいて、
夜はねずみも取れば、イヌのかわりに盗人の番にもなるし、
ほんとに重宝なネコですよ」
ともうしのました。ふだんからこの虎猫をよくかわいがると
いうので、たいへんおかみさんに受けのよいお手伝いさんは
すかさずもうしました。
「だんなさまはよく夜おそくなって山道をひとりお帰りに
なることがございますが、ねェ。奥さま、そういう時に、この
ネコをお供におつれあそばしたら、途中、どんなものに
出あっても、きっと心丈夫だろうとぞんじます」
「なるほど、それはよいところにお気がおつきだ」
とおかみさんはあいづちを打ちました。

そこで、主人もいよいよその気になって、夜、外へ出る
時には、きっと、この虎猫をお供にされて、どこへでも
行きました。
しかし、近所の人の中には、「あそこの主人もよい物好きだ。
なんぼ強いといったところが、たかがネコじゃないか。近所の
者が虎猫虎猫といってほめれば、いい気になって、あんな
ものを連れて夜道を歩いたところで、なんで心丈夫なものか。
狼にでも出あったら、一噛みにやられらあ」といって、かげで
笑っている者もありました。

ある夜のことでした。この有名な虎猫先生が、れいのように
ご主人のお供でとなり村へまいることになりました。
ネコは心の中で、
「ああ、こまったことだな。 あのとなり村に行く途中には、
非常にけわしい山道があって、おそこにはおそろしい狼が
すんでいるということだが、今まではさいわいに何にも出
あったことはなかったが、今晩あたりひょっとすると、出て
来はしまいか。ああ、おれの主人も、たいていにおれの心を
察してくれればよいのに、おれはイヌや牛馬などへは、
こわくてこわくてしようがないから、いっしょうけんめい
ウーウーうなって牙をむいているのに、おれがほんとに
強いのだと思いこんでしまって、とうとう土佐犬のかわりに
あちこちと連れて歩かれちゃ、じっさい、やりきれない」
と思いました。


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そして、それからは、他人をうらやまず、他人のものをほしがらず、
つねに身をへりくだって、わきめもふらずにはたらきました。
壺の汗もドンドンふえていって、ちょうどこの国へ来てから三年目に、
本国に帰ることを許されました。

いよいよ明日は帰れるという晩は、うれしくてうれしくて、カナンは
胸をワクワクさせながら床につきました。すると夜中ごろに、
「さあ、カナン、目をおひらき」
と耳もとで呼ぶ声がしました。聞きおぼえのある声なので、
フッと目を見開きますと、いつの間にか、寒い風に吹かれ
ながら、家の外に立っているのでした。

「やあ、あなたはいつかのお爺さんでしたね」
カナンはなつかしげに側に立っている白髪の老人に気がついて、
そう呼びかけました。老人は、
「ここは氏神の森だよ。約束どおり、今、連れて帰ってやったところだ。
おまえは三年も修業をやってきたように思っているが、まだ1時間も
たたぬくらいだ。さあ、もうよいからお帰り」
と、いったかとおもうと、その姿は見えなくなってしまいました。
カナンは、
「神さま、いろいろありがとうございました。ご神徳で私も今まで
悪かったことを悟らしていただきました」
と、ていねいにお礼をのべて、まだ自分のゆくえをさがしまわって
いる家へと帰りました。

それから、カナンは、生まれかわったようにりっぱな人間に
なりました。
そして、貧乏人をあわれみ、よくの深い人をしりぞけて、お父さん
のなくなったあとは、王さまを助けて、りっぱな政治をいたしました。



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ある日、王さまは、カナンの心を一つためしてやろうと思って、
「カナン、おまえは今晩あの汗倉の番をしなさい」といって、
一つの鍵をカナンの手にわたしました。
汗倉というのは、この国の宝とする貴重な汗をたくわえておく倉です。

その夜、カナンは夜がしだいにふけてあたりがものしずかになった時、
どんな色の汗がどれだけたまっているのか、ひとつ参考のために
見たいものだと思ったので、なにげなく鍵で倉の戸を開けて、倉の
中へ入りました。
見ると、酒屋にあるような大きな樽の中に、ひじょうに良い香りのする
古い汗が、どれにもこれにも、いっぱいたたえてありました。

「ああみごとだ。ぼくの壺にも、せめてこの百分の一の汗が
たまっていればいいが」
こんなことを思いながら、もうたまらぬほどうらやましくなって
きました。そして、カナンは、
「これをホンのちょっとくらいもらったところで、知れることも
あるまい」
と、夢中で、そばにあった空瓶へ、なみなみと古い汗を
すくい取り、そしらぬ顔をしていました。

翌日、カナンは、昨日ぬすんできた汗をダクダクとつぎこんで、
「王さま、いっしょうけんめいはたらきまして、やっと
いっぱいにいたしました」
と、うやうやしく壺を両手にささげて、王さまの前へ進み出ました。
「どれ見せろ」
王さまは壺を取ってのぞいて見ましたが、すぐおそろしい顔をして、
「しょうこりもない小僧だ」
とカナンの汗壺を床へぶつけて、くだいてしまいました。
王さまはカナンのたくらみをよくご存じだったのです。そして、
「サァこんどはこの壺だ。おまえはいつまでも苦しむのがすきと
みえるワイ」
と、前の三倍もある大きな壺を出されました。

カナンは、しおしおと新しい壺をかかえて部屋へ帰ってきました。
はじめて、みんな自分がまちがっていたと悟りました。
そして、人間というものは、どこまでも自分の力で自分の
ことをしてゆかねばならぬ、不正直なことは、みんな神さまが
ご存じなのだと、しみじみ後悔いたしました。




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さてこの国は、ぞくに汗取り王国ともうしまして、せいいっぱい
はたらいて、汗をたくさん出した者がえらいのです。
そして、ここへ修業に来た者たちには、それぞれ大小いろいろな
壺があたえられます。それは、もとなまけたていどによって、壺の
大小があるので、この壺へいっぱい自分の汗をためたら、それで
卒業ということになって、ふたたびもとの世界へ帰ることが
できるのです。
この壺は、自分が壺のそばに行かなくても、ただはたらくていどに
したがって、自然に汗がたまるのです。しかし、ちょっとゆだんを
してなまけ心が起こると、すぐに今まで苦心してせっかくためた汗
までが、一時にへってしまうという、奇妙な壺でした。

カナンも最初にはたらきに出る朝、王さまからごく小さい壺を
わたされました。けれどもなまけ者のカナンは、少しも命ぜられた
仕事をしません。だから、汗は壺に一しずくもたまりませんでした。
時によると、二度か三度、車のあとをおして、
「ああくびれた。あんなまずいものばかり食べていてはやりきれん。
もうおなかペコペコだ。しかし、今日はたいへんに汗を出したぞ。
いずれ壺には洪水のように汗があふれ出ていることだろう」
と勇みたって帰って来ることもありました。が、壺のふたを
取って見ると、芋の葉の露くらいしかたまっていません。
「これはけしからん。この壺は調子が悪いのだな。王さま
のはげ頭め、こんな汗の出ぬ壺をぼくにくれおったな」
カナンは自分がはたらかないで、壺や王さまの悪口ばかり
いっていました。

ある日のこと、年上の友達がやって来て、
「カナンさん、この汗壺には霊があるのだから、この壺を
かわいがってさえやれば、もとのかたちよりずっと小さく
ちぢまりもするし、また遊んでいても、汗はひとりでに
たまることもあるんだ」   と、笑いながら話しました。
「ヘーエ、そうか。それでわかつた。きのう卒業して行った
となりの部屋の男は、まい晩まい晩、自分の壺をなで、
お礼をいってたっけ。それでわかつた」
そこで、カナンは、その晩、さっそく、うやうやしく、汗壺を
棚にあげて、
「ナム汗壺大明神さま、私の一生のお願いですから、
なにとぞ、もう少々ちぢまっていただきとうございます。
私は早くここから帰りたいのです。そして、すきな活動写真
〔映画〕へ行きとうございます。きんつばや、もなかや、
リンゴやカキもほしいのであります。私の家は大臣ですから
早く帰してくだされば、あなたの願いはなんでもかなえて
あげます。ナム汗壺大明神さま」
と、両手をあわせて、一心にお祈りをいたしました。

そして、ヒョイと顔をあげて棚の上を見ますと、いつのまにやら、
汗壺は反対にふくれあがって、以前の二倍ほどの大きさに
なっていました。
カナンはたいへん怒って、いきなり、その壺を壁に投げつけて、
粉微塵〔こなみじん〕にくだいてしまいました。

すると、王さまは、その罰として、前の壺の二倍以上も
あろうという大きな壺を出してくれました。
カナンは、すっかり後悔しました。そして、
「これは、どうしてもほんとうにはたらいて、早く壺をいっぱい
にしなければだめだ」
と、生まれかわったように正直にはたらきはじめました。
カナンのただ一つの楽しみは、まい日、家へ帰って壺に
たまっている汗を見ることでありました。


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いっぽう、カナンはお爺さんにつれられて鎮守の森まで来た時、
急に、うしろのほうから大勢の人声がして、しきりにカナンの名を
呼びながらやって来たので、
「ここにいるよ、ぼくはここにいるよ」
と大声で叫ぼうとしましたが、ふしぎなことには、いっこうに声が
出ませんでした。そのうち、二、三人の人たちは、鎮守の森の中へ
はいって来て、あちらこちらとさがしはじめました。カナンは、
"今にあの人たちが自分の姿を見つけてくれるだろう"と
思いながら、お爺さんと並んで、拝殿の前に立っていました。
しかし、その人たちは、ちょうどカナンのいる前を通り過ぎながら、
少しもカナンの姿が目に入らぬかのようでした。
カナンはひじょうに残念がりましたが、声も出ねば身動きも
できないので、どうすることもできませんでした。

カナンは、どうなることかと心配しながら、ふと、お爺さんの顔を
見ますと、さっき自分の家に来た時とはまるでちがい、ひじょうに
気高い姿となって、頭が自然にさがるようでした。
「カナンや、心配することはない。わしはここの氏神だよ。
おまえのお母さんの願いによって、お前にこれから良い修業を
さしてやるから、ちょっと目をおつぶり」
神さまは、おごそかにこうもうされました。
「ハイ」
カナンは、おとなしく目をとじました。
「こんど、お前が修業に行く所は、貧乏人ばかりの国だけれども、
みんな心配ない人ばかりだから、しばらくのあいだ、
しんぼうしておいで。そのうちに、また迎えに行ってあげるから」
カナンは、どんな所へつれて行かれることかと、ビクビクして
おりましたが、そのうちに、神さまが何やら口で呪文をとなえられて、
「サア目を あけよ」
と、いわれたかと思うと、カナンのいる所は、もう、ちゃんと貧乏村
でありました。

カナンは、ふしぎそうにジロジロあたりを見まわしますと、今まで
自分が住んでいた所とちがい、小さな家ばかりが道の両側に
並んでいて、ちぎれかかった着物を着た人びとが、
いっしょうけんめいに、いろいろの仕事にせいを出していました。
そこへ、一人の男がやって来て、しばらくカナンの顔をながめて
いましたが、
「ははあ、おまえさんだね。こんどの新入生は。では、こちらへ
おいで、王さまに会わせてあげるから」
と、手をとって王さまの前へつれて行きました。

王さまは、カナンの頭をなでながら、
「ここは、なまけ者の修業場で、わしは、この国の王さまだ。
おまえは見たところまだ年も若いが、よほどなまけ者と
みえる。今からわしのいいつけどおりに、しばらくはたらくのだぞ」
と、もうされました。カナンはこまったことになった、と思いましたが、
もうなんともいたしかたありませんでした。
カナンは王さまの命令によって、まい日、まずいごはんをたべながら、
この国と隣の国とのさかいにある峠のふもとに立っていて、
そこへさしかかって来る車のあと押しをすることになりました。



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むかし、まだ、この世の中が、今のようにみだれていず、神さまも
人間といっしょにこの地上にお住まいになっていたころのはなしです。
ある国にカナンという一人の少年がおりました。お父さんは、
その国の大臣で、ひじょうなお金持ちでしたから、カナンは、
小さい時から、わがままで、少しもお金のありがたいことや、物を
大切にせねばならぬことを知りませんでした。
お母さんは、これを見て、なんとかしてカナンのわがままをなおして、
賢い子にしてやりたいものだと思い、ある日、氏神さまにおまいりして、
神さまにそのことをお願いしました。

今では、人間がいろいろよくが深くなって、神さまへおまいりしても、
自分の勝手なことばかりをお願いするので、神さまもいや気がさして、
つぎへつぎへとこの地上を見捨てて、天へお上がりになって
しまいましたが、大昔は、人間がひじょうにていちょうに、そして、
清潔にお祭りしたものですから、神さまも人間の願いごとは、正しい
ことなら、たいていのことはお聞きとどけくださったのです。

すると、ある日のこと、カナンはいつものとおりのわがままを
いっていますと、表のほうからボロボロの着物を着た老人の
乞食が「ぼっちゃんに会いたい」といいながら、ずんずん内庭
へはいって来ました。
ソレを見て、「おまえは誰だい、ぼくは乞食などにようはない」と
横柄な言葉つきでカナンはいいました。
「ぼっちゃん、私がよいところへつれて行ってあげますから
こちらへおいでなさい」 お爺さんは、ニコニコしながら、右の
手をあげてまねきました。
すると、カナンの身体は、ちょうど電気に吸いつけられたように
スルスルとお爺さんのそばへ行ってしまいました。
カナンはなんだかこわくなったので、走って逃げようと
思いましたが、どうしたものか、身体が少しも自分の思うようには
動きません。そして、自然に足が前へ出て、お爺さんのあとから
ズンズンついて行かねばなりませんでした。

家では、カナンがきたない乞食のお爺さんに引きづられて
行ったというので、上を下への大騒動がはじまりました。
「どっちへ行った? 」  「東だ、東だ」 と一人が言えば、
「イヤ、西だ、西だ」と、もう一人が言います。
「そんなら、八方へ手をわけて、早くつれて帰れ」と大臣は
うろたえ顔で命令しました。
そこで、ある者は野へ、ある者は町の方へ、と、鐘や太鼓を
打って、「もどせ、かえせ、ドンチンチン、カナンをかえせ、
ドンチンチン」と、はやしながら、さがしまわりました。


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ある日のこと、海岸の松林でネコが昼寝をしていたところへ、
タコがノソノソ海からあがって来て、
「いよう、よう寝てけつかる。わいも、だいぶ腹がすいてきた。
ひとつ、こいつをごちそうになろう」
と、いきなり、うしろからまわって、れいの手法ではない、
足がらみでネコをしめつけた。
ネコさん、「ニャンちうことだ」とビックリして、目をあけてみると、
煮売屋にまっかになってつるされてある魚とソックリのものが、
いまや渾身の力をこめて自分にくらいついている。
そして、しだいしだいに、海のほうへ引きずりこまんとしているらしい。
「ハハア、これは夢かいな。かねてから一度食ってみたいと
思っていたやつが、むこうからおれに飛びついてくるとは、
まったくうけにいっているわい」と、ネコはニヤリと笑みをもらした。
そして、なんの苦もなく、まず口のあたりに捲きつけている
タコの足から、ガリガリと噛みはじめた。
タコは、「オヤオヤ、こんなはずではなかったに。なにっ!  もう
ひときばり気ばってやろう」と、なにしろ八本も持っている足の
ことだから、その中の一本くらい取られたって、たいして
こたえぬとみえて、なおもけんめいにまきつけた。
ネコは、ガブリと一口噛みとったタコの肉のうまみで、
いよいよ調子づき、やつぎ早に第二、第三の足とパクついて
いくので、いっかな頭の悪いタコくんも、
「こいつあ生命がねぇ」と、やにわに足をといて逃げ出した。
が、もう、その時は遅かった。そこから波打ちぎわまでは四、五間
の距離がある。タコの全速力もついにネコの一跳びにおよばなかった。
あわれやタコの大頭は、ネコの毒牙に脳味噌をあらわしてしまった。
このことがあってから数日たった昼さがり、
ネコはれいの松の根元で、大きなアクビを一つしながら、
このあいだのタコのうまかったことを思い出していた。
話しかわって、ネコにやられたタコの子どもたちは、どうかして
敵討ちをしたいものだと相談の結果、一匹のタコが波打ちぎわで、
わざと昼寝をしたふりをしていた。
これを見つけたネコは、「ああ、今日もまたうまいごちそうに
ありつけるわい」と、舌なめずりしながら、波打ちぎわへやって来た。
タコはスルスルと水の中へ逃げこんで、ときどき、水面へ浮いては、
ジッと見まもっているネコの間近へ寄って来る。ネコはときどき水の
上をチャプチャプとたたいて、タコを捕らえようとした。
この時、一匹の大タコは、コッソリとネコの背後にまわり、
からみつくとどうじに、いきなり波の中へ、さそいこんでしまった。
待ちうけていたたくさんのタコの一族は、今こそとばかり、
ネコの足からシッポから、ところかまわずからみついて、
とうとうネコをおぼらしてしまった。
陸の上では強いネコも、海の底では、タコにかなわなかったのである。




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しかし、地上のイモムシどもは、かれがほんとに羽化登仙したのかと

おもいこんでいましたので、じぶんたちも、なんでもはやく修業して、

ガになりたいものだなと、いっしょうけんめい努力しましたので、その後、

数日で、みんなそろって羽がはえて、空中にむかって出発することが

できました。


その中の一羽のガが、金柑の葉の上にしがみついているイモムシの

そばへきてもうしました。


「おい、きみ、いつまで、そんなところで居眠りをしているんだ。

ぼくらといっしょに、もっと美しい広い世界へ旅行しようじゃないか」


イモムシは、うらめしそうに、その顔を眺めつつ、なんだか身体が

おもくてしようがないが、飛びさえしたらどうにかなるだろうと、

おもいきって、


「よしきた、行こう」


と、手をつないで金柑の葉から飛びだしました。


そのひょうしに、羽のないかれは、今まで夜露ばかりのんで、

断食修業したおかげで、だいぶ前よりは身体がかるくはなって

いたとはいえ、どうしてもいっしょに飛びたつことはできません。


ついに、みるみる地上についらくして、悲鳴をあげました。

友だちは、


「まあ、気のどくなことだが、しかたがない。きみも羽がはえる

までは、やはり土の上で修業したまえ」


といいのこして、どこかへ飛んで行きました。






第四のイモムシは、ほとんど羽がはえていたときですから、ガが

ひとくち、さあ飛びなさといったら、すぐスッと飛べてしまいました。


そこで、ついにイモムシは、おおいに発憤して、生垣の頂上まで

よじ登り、そこから空へむかって飛びあがろうとしました。


そのとたん、ちようどすぐそばにあった金柑の木の葉の上へ、

チョコリンと落ちました。


ガ 「やあ、えらいえらい。うまく飛べたじゃないか」


イモムシは、すっかり空中にいるつもりで、


「ああ、気持ちがよい。なんと地上のものどもは、小さいな。

みんなコセコセとかせいどるわい。それにしてもわしには、

どこにも羽がはえておらぬが、なんと、羽なしで飛ぶなんて、

新機軸じゃないか」


と、得意に思いました。


地上の多くのイモムシどもも、このさまをながめて、ほんに、

あいつは、急に空が飛べるようになったんだね、あんな高い

あぶないところに平気でとまってけつかる、とほめました。


そこで、このイモムシどの、ますます得意になって、今にも

落ちそうな足場の上に、いっしょうけんめいにしがみついて

いましたが、しだいに、心の中では、


「なんと空中というところは、下から見たほどにもない、

たよりない、不自由な、せまくるしいところだな。 第一、

腹がへってきたが、いったいどうしたらたべものがえられる

んだろう。ああ、こまったな。しかし、いまさら友だちへ広言

をはいたてまえ、メソメソと下へ降りてゆくこともできず、といって、

こんなせまいところでは、動くことさえできぬし、こまったことだな」


と悲しんでいました。






イモ 「ほれ、このとおり、いくら力いっぱい飛びあがってみても、

だめじゃありませんか」


ガ 「いや、それは、きみがぶさいくなからだ」


イモ 「じゃ、こんどはおもいきって飛びあがってみますよ」


ガ 「ヘタだなぁ、そんなことじゃ。 ぼくだったら、なんの苦も

なく地上をはなれてしまうのだがね」


イモ 「でも、ガ先生、わたしには、まだ、だいいち羽がはえて

いませんではないか」


ガ 「羽なんざ、どうでもよい。飛びあがろうという決心さえしたら

よいのだ」


イモムシは、いくら飛びあがっても、そのたびにバタリと落ちる

ばかりで、とうとうつかれて、目をまわしてしまいました。


第二のイモムシは、あまり熱心にガがすすめるので、

畑のまわりにたっている棒の頂上までのぼって、ポンと

上へ飛びあがろうとしましたら、かわいそうに、その下に

あった石の上へペチャコンと落ちて、腸をむきだして

死んでしまいました。


第三のイモムシは、いくらガがすすめても、私にはまだ

羽がはえていませんから飛べるはずがありませんといって、

そしらぬ顔で、あいかわらずウジウジと地上をのたくり

まわっていましたので、ぶじでした。






ガとイモムシとが、あるところで出あいました。


ガ 「おや、そこに、あいかわらずウジウジとしているのは、

イモムシくんではないか」


イモ 「やあ、あなたさまはガ先生ですか。どえらいご出世

でございますな。たった二、三日前までは、われわれといっしよに、

こんなきたないところにウジウジしておられたのに、なんと、

かわればかわるものですなぁ」


ガ 「きみはいったい今までそんなところでなにをしているのだ。

なぜ、もっと思いきって、いっそくとびに、われわれのような

身分にならないのだ」


イモ 「いや、なりたいのはやまやまですが、まだ修業が

できませんので」


ガ 「修業もくそもあるものかい。おもいきって飛びさえしたら

よいのだ。わしらだって、ガになるためには、なんの修業もした

わけではない。ただ、急に、地上がいやになって、いっそくとびに

友だちと飛ぶまねをして、ちょっと飛びあがってみたまでだ。

そしたら、自然に空に舞いあがることができたまでだ。

それに、第一、バカじゃないか、そこのところのリクツは

よくわかりきっているのに、いつになってもツベコベと

こ生意気なこリクツばかりならべて、そのくせ、きたない土の

上をやっとはっているだけじゃないか。なぜ、ぼくがいうように、

思い切って飛び上がってみんのじゃ」








「神さま!!  いったい、わたしはいつ馬になれるのですか」


神さまはにっこりなさって


「おお、おまえは背中に立派な羽がはえたではないか」


「こんなものは、わたしの望んでいるものではありません。

わたしは馬になりたいのです」


「なるほど・・・、 しかし、アリさん、実は、なにほどおまえが

気張っても、馬になるわけにはいかないのだ。しかし、羽が

はえて空を飛べるようになった以上は、おまえは馬の鼻さきへ

とまって、屁をひりかけることさえできるではないか。

それでもおまえはふへいなのか」


アリは、しばらく考えていましたが、やがて神さまの前へ

うやうやしく両手をついて、


「ハイ、よくわかりました。まことにありがとうございました。」


といって、お礼をもうしてかえりました。






しかし、半年たっても、1年たっても、いっこう馬になれそうにも

ありませんでした。


「まだおれの勉強がたらんのだろう」と、いっそう馬力を

かけました。


けれども、2年たっても、3年たっても、馬どころか、

ネコにもイヌにもなれませんでした。


アリはそろそろやけぎみになり、 「あーあ、神さまはおれを

だましたのだな。あれだけせいだしたのに、やっと背中に

羽がはえただけとはなさけない。ひとつ神さまと談判してやろう」


と、神さまの前に行って、腹立ちまぎれに、おお声でドナリました。








アリが、あるとき、神さまに不足をもうしました。


「神さま、あなたもご存じのとおり、わたしは生まれて

からこのかた、まい日まい日汗水たらしてはたらいております。

しかし、いっこうに出世もしなければ、幸福〔しあわせ〕にも

なりません。このあいだも馬めがとおりまして、

わたしたちの、せっかく、長年かかって造りあげた

市街〔まち〕を、『あっ』というまにメチャメチャに踏みにじって

しまいました。 神さま!!  世界でわたしたちほど正直で、

勤勉なものはないと思っておりますのに、こんなみじめな目に

あうとは、いったい、どうしたわけなんでしょうか」


神さまは、静かにもうされました。


「おまえ、馬になる気はないか」

「わたしのようなものが、馬になれるでしょうか」


アリは、目をみはって答えました。


「それはなれる。も少し正直に、も少しなにかにせいだしたら

きっとなれるよ」

「わたしは、馬になりとうございます。では、これから

ぃっしょうけんめいにはげみます」


アリは、神さまのおっしゃったことを深く心にとめて、

それからというものは、前よりもいっそう正直に

いっそう勤勉にはたらきました。






かつらぎ ぼたえもん作、 『ぽんぽん山』を紹介しました。

作者・かつらぎ ぼたえもん  についてご紹介します。

明治30年12月28日、岡山県倉敷市で誕生。
第六高等学校時代に、初めて大本の話しを聞き
綾部で修行をうけます。

高等学校時代から、京都大学在学中にかけて、
大学ノート20数冊に記した文章は、その後、
「信仰覚書」〔全8巻〕として、天声社から発表されました。

また「生きがいの探求・生きがいの創造・生きがいの確信」と
言う三部作の、「生きがいシリーズ」は多大な感動と反響を
巻き起こしました。

「ぼたえもん童話集」は、若き日の著者が、同じく
大学ノートに書きのこしていたもので、その数は
約30編にのぼるといわれています。

昭和27年4月、大本三代教主補に就任。
平成3年12月、94歳でご昇天になりました。

本名は、出口日出麿です。



今後、引き続き、「ぼたえもん童話集」から
作品をご紹介させて頂きます。

お母さん、お父さんたちから、お子さま方に、声を出して
読み聞かせて頂けたらと思います・・・。




二、三日たって、今日いよいよなにかたいへんなことが

おこる日だという朝に、三郎丸と呼ばれる少年が三人、

王さまの前へ連れてこられました。


王さまは、この中のどの子が岩戸を開くのか、

ちょっとわかりかねましたから、三人ともひきつれて、

ぽんぽん山へ登ってお行きになりました。


そうして、夢で見たとおりの道をたどって、ついに

大きな岩戸の前においでになりました。


「この中で、この岩戸を開いたものは、わたしの

子にしてやる」


王さまは、三人にこういいわたしになりました。


しかし、誰ひとり、こんな大きな岩がどうして動かせる

ものかと、あきれていました。


そのとき、そのなかでいちばん小さい三郎丸は、

ふと思いだしたように、口の中で、 ーーーぽんぽんと

ぽんぽん山の腹鼓、宝の蔵はいまぞぽんぽんーーー

ともうしました。


すると、ふしぎや、岩戸は自然に、音もなく、左右に

パッと開きました。なかには、光かがやく宝が

いっぱい積んでありました。


めでたし、めでたし。





しばらくして、二人は、ある大きな塔のように立っている

岩の前にまいりました。


「王さま、この中には、あらゆる世界の宝がかくしてあります。

いよいよそれをひらく時期がまいりました。そして、この

岩戸をひらくのは、三郎丸という子どもです」


年よりは、ニコニコほほえみながら、王さまをふりかえって、

こうもうしました。

と、やがて、年よりは、ドンドン急ぎ足でどこかへ行こうとしました。


「待ってください」


と王さまはそのあとを追いかけようとしたとき、足が急に

動かなくなってしまいました。


ますますあせっていたとき、ふと夢はさめました。

みると、身はやっぱり、ご神前にひれふしたままなのでした。


「さては、霊夢であったか」


と王さまはおさとりになりました。


さっそく、神さまにお礼を奏上して、お帰りになりました。


そして、この国に三郎丸という名前の少年があれば

呼び出せと、ご命令になりました。




ぽんぽん山がなりひびくときには、この国の王さまは、

さっそく大川で水を浴びて身を清め、真夜中に

家来もつれず、自分一人この山に登ってご神託を

受けてくるというのがならわしになっていました。


そこで、王さまご自身でぽんぽん山にお登りになり、

お宮の中へはいって、いっしょうけんめいご神徳を

お願いになっておられますと、白髪の年よりが出てきて、


「さあ、どうぞこちらへ」 といいながら、自分が先に立って、

そのお宮のうしろの道へと出ました。


王さまは、心の中で、


「どこへつれて行くのだろう」


とあやしみましたが、とにかく、だまって年よりの行く

ほうへとついて行きました。


やがて、二人は、谷をくだって、けわしい道を奥へ

奥へと進んで行きました。


木のあいだをもれる月影に、谷間の水が照らされて、

ちょうど水晶の数珠が流れているようでした。




この国に、なにかたいへんなことがおこる前兆と

見えて、くだんのぽんぽん山が、耳のこまくの

はりさけるような大きな音で、ぽん、ぽん、ぽんと

三度なりひびきました。


さあ、これを聞いた国中の人の騒ぎというものは、

それはそれはたいへんなことでした。


「これは、きっと、世界がつぶれる前兆ですぜ」


と一人がいえば、


「いいえ、ちがいます。これは、なにか、きっとたいへん

よいことがあらわれるのですよ」


などと、人びとは、いろいろうわさをはじめました。




ああ、そんなら、あれは神さまだったのか、三郎丸は

ふとい吐息をもらしながら、スタスタと峠をくだって

行きました。


そうして、家へ帰るあいだ、口の中で、くりかえし、くりかえし、


「ぽんぽんとぽんぽん山の腹鼓、宝の蔵は

いまぞぽんぽん」 といううたをとなえてみました。


「いったい、これは、どういう意味のうたなんだろう?

へんてこなうただなぁ」


三郎丸は、いっこうわけがわかりませんでした。


けれど、なんだか調子がよいので、すぐおぼえて

しまいました。しかし、ふしぎなことには、雨が

降って陰気な晩や、お金がたりなくてお米が

買えぬ日などには、口の中で、このぽんぽんうたを

うたいさえすれば、急に元気が出てくる。


仕事は、しらぬまにあちこちからいうてきて

くれるというふうなので、三郎丸は、心の中で、


「なるほど、これはけっこうなうただわい」


と、さとりました。



その年よりがことわるのもきかずに、三郎丸は、

むりやりに背中の荷物をおろしてやって、そして自分で

背負いながら、とうとう峠のいただきまで送って

行きました。 そして、二人は、しばらく、いただき

の松の根で休みました。


そのとき、年よりは、うれし泣きにくれながら、


「あなたのご親切は、一生忘れません。さて、そのお礼

として、わたしがいま、ここでよいことをお教え

いたしますから、どうぞよくおぼえていてください」


と前おきをして、年よりは、急に大きな声で、


「ぽんぽんとぽんぽん山の腹鼓、宝の蔵は

いまぞぽんぽん」 と、三べんくりかえしてさけんだかと

おもうと、もう、その姿は煙のように消えて、見えなく

なってしまいました。


三郎丸が、あっとさけんで立ちあがったときには、

もう、その姿はすっかり消えてしまって、なにやらピカリ

と空で光っただけでした。




これを見た三郎丸は、相手が見るもいやしいよぼよぼの

乞食であると言う事も、荷物を持ってやったところで

一文にもならないということも、いっさい忘れてしまって、

おもわずその側へかけつけて行きました。


「おじいさん、くるしいでしょう。私がその荷物を

上まで持って行ってあげましょう」


といいながら、いたわるように乞食の背中へ手をかけて、

その顔をのぞきこみました。


「いいえ、いいえ。どういたしまして、もったいない」


乞食はあきれたような顔で、しばらく三郎丸を

見つめていましたが、やがてハラハラと

両方の目から玉のような涙をこぼしました。





その時、むこうのほうからぼろぼろのつぎきれをまとった

一人のきたない乞食が、もうだいぶ年よりと見えて、

右手に竹杖をつきながら、苦しそうに坂道へさしかかって

まいりました。


この峠の坂道は、たいへん急なので、普通の人でも、

「おお しんど、 おお しんど」といっています。


いま、この坂へさしかかった腰のまがった乞食は、

なにも持っていなくても苦しいのに、背中には、

コモでまいた重い荷物を持っていましたので、

ひと足登っては竹にすがって休み、ふた足登っては

立ちどまって休むというふうでした。


ある日のこと、三郎丸は、いつものように峠ののぼりぐちの

ところへ立って、通る人びとを待ちうけていました。


しかし、あいにく、その日にかぎって、朝からちっとも仕事が

なくて、もう日ぐれちかくなったのに、三郎丸の

ふところは、まだ一文のお金ももらっていませんでした。


「ああ、いやだなぁ、お父さんは昨日からご病気で

休んでいらっしゃるし、自分が一銭でもおおくもうけて

帰らねばならぬのに、このしまつとはなさけないなあ」


日ごろ、元気な三郎丸も、この時ばかりはぐんにゃりとし、

指をくわえてあたりを見まわしておりました。



むかしむかし、ある国に、ぽんぽん山という山がありました。

どうしてぽんぽん山というかともうしますと、この山は、じつに

ふしぎな山で、この国になにかたいへんなことがおこると

いうときには、その前兆として、三日前に、きっとこの山が

自然に 「ぽんぽん」 と三度なりひびくのだそうです。

そこで、だれいうとなく「ぽんぽん山」と

昔からいいつたえているのです。


2013年7月

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