ぼたえもん童話集 『 種子物屋の店さき 』①

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あるところに、いろいろの植物の種子物を売っている店があった。
しきりのした箱の中に、ウリやナスやスイカやキュウリやアサガオや、そのほか大小
種々雑多の種子が、それぞれ、はいっていた。

お正月のある晩に、その店の小僧が、どこかでお酒をよばれたとみえて、真っ赤な顔を
して帰ってきた。スイカの種子がそれを見て、
「もしもし小僧さん、人間というものはけっこうなものですね。こうしてお正月がくれば、
いっちょうらの着物をきて、あちこちでお酒を飲んで浮かれまわって、おめでたいの
おめでたくないのと、デタラメの百万だらをいってうれしがっているなんて、ほんとに
おうらやましいことですね」
ナスがそれにつづいていった。
「こちとらのように、年が年じゅうこんな牢屋の中に、火の気ひとつなしにまま一ぜん
くわしてもらわずに、おまけに下積みの連中は、少しの日の目もおがまずに、だまって
おとなしくくらさねばならぬなんて、じっさい因果なことではありませんか」
「そうだとも、そうだとも。いったい神さまはなんの目的があってわれわれを
おつくりになったんだろう」
いつも、観念の細い目をしているキュウリも、このときばかりは、いかにも残念そうに、
こうあいづちをうった。

小僧は、ひととおりかれらのぐちを聞いたあと、酒くさいいきをふきかけながら、
口をひらいた。
「なんだい、お正月そうそうから泣きごとをならべやがって、けったいのわるい。
おまえたちも、なにもそう悲観ばかりすることはないよ。買手さえつけば、
それぞれにつれてかえってもらって、広い畑にまかれる身分になるんだよ」
スイカ「へぇ、まかれて、いったい、どうなるんです」
ナス「雨ざらしにあって、くさってしまうんではないでしょうか」
小僧「ばかっ、ただくさらすためにわざわざおまえたちを神さまがおつくりに
なるかい。長いあいだ、こんな箱の中に入れて、われわれだって番をするかい。
また、お百姓だって、わざわざでかけるかい。またお金を出して買って帰るかい。
まかれたら、それこそ、おまえたちのお正月で、お芽出たいのさ」
キュウリ「なんですって」
小僧「芽を出すのさ」
スイカ「芽をどうやって出すのですか」
小僧「その時になったら、しぜんにわかるよ」
ナス「そして、芽を出して、どうなるんです」
小僧「ええ、めんどくさい。芽が出たら、つぎに葉が出るんさ」
キュウリ「それから・・・」
小僧「よう根ほり葉ほりたずねるやろうどもじゃな。おまえたちは、
自分自身のことがちっともわからぬのかい」
スイカ「さきのことは、かいもく、わかりません。して、小僧さんは、ようまぁ、
私どものゆきさきがおわかりですね」
小僧「ハハハハハ、わからんでかい。キュウリはいつまいて、いつはえて、
いつ花が咲き、実がなり、いつ枯れる。ナスはいついつ、スイカはいついつと、
ちゃんとわからいでは、種子物屋の小僧はつとまらんわい」
小僧は、とくいになって、一同のものに、おまえはこうなる、ああなると、
いちいち教えてやりました。そして、とくに、自分の好きなスイカを
ほめちぎりました。



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このブログ記事について

このページは、出口眞人が2010年8月27日 13:58に書いたブログ記事です。

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